■オジャガ地図見直し
(2006.9)

雄蛇ヶ池の紹介が掲載されている、古い雑誌記事(つり人1985年12月号)を入手ました。雑誌の地図は少々ラフであったため私なりの解釈をしている部分がありますが、そこに書き込まれていた情報を元に雄蛇ヶ池内の名称を追加、変更しました。(下図参照ください)

「大広の鼻」は全く記憶になかったのですが、「一本松の鼻」という岬名はどこかの地図にも載っていたような気がします。特筆すべきは、大ヤツ、小ヤツ、弁天ヤツ以外に、「松田ヤツ」と「ヤケヤツ」という谷津名が存在していたことです。今のヤケヤツは水深が浅く葦や草が生えており、ワンドというほど湖岸線に凹みがないかもしれませんが、谷津としては水がない部分も含めて奥行があります。
それから、養安寺という名称が池の奥のほう全体を指すのか、裏堰堤のあるワンドを指すのかがちょっと微妙ですが、裏堰堤のあるワンドを「養安寺ワンド」としました。これを「養安寺ヤツ」と呼ぶ説もあると思われます。明治時代の雄蛇ヶ池は、裏堰堤が今の位置にはなく、養安寺ワンドは現在の駐車場とその奥にある田んぼまで広がっていました。(養安寺という名は、土地を提供した養安寺村に由来しますが、池のどこまでが養安寺村だったのか、それについてははっきりとした情報を把握しておりません)
また、流れ込み横の「取水場跡」は、雄蛇ヶ池の水を飲料水に利用していた頃の設備跡です。子どもの頃はそれを水門と呼んでいたのでそのように書き込んでいましたが、今回改めました。この場所は、ポンプ場跡、ポンプ小屋跡などとも呼ばれますますが、もう少し池奥にあるもう一つのポンプ小屋と紛らわしいので取水場跡としました。


雄蛇ヶ池地図
「松田ヤツ」と「ヤケヤツ」という谷津名を書き込みました。
「一本松の鼻」と「大広の鼻」という岬名を書き込みました。
・流れ込み横の”水門”と書き込んでいた場所を「取水場跡」に変更しました。(ポンプ場、ポンプ小屋などとも呼ばれます)

(参考文献: 月刊つり人 1985年12月号 投稿記事 鈴木美津雄)


※もし、他に詳しい情報をお持ちの方がいましたら、是非ご一報ください。